京論壇2017公式ブログ

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北京セッション報告④

 「批判するなら対案を出せ」ということばがある。あらゆる会議や議論の場で聞かれうる台詞で、現行のものを否定するのであれば、その代わりとなるプランを提示することが必要だという主張である。

 しかし、対案を打ち出すという行為は、そう容易にできるものではない。ある人はこの「マナー」を無視して、とりあえず批判をぶつけてみる。他の人は、何かがおかしいと思いつつも、より良い案が見つからないことに思い当たり、黙りこくってしまう。かくして、会議は踊りも進みもせずに、煮詰まってしまう。

 「批判をするなら、対案を出して欲しい」。グローバリズム分科会・北京セッションにおいて、そんな発言を一人の北京大生から聞くことができた。ただし、そのことばが意味するのは、私たちの議論作法に対する不満ではない。それは、私たちを含めた、日本社会に生きる人々の認識に対する苛立ちであった。

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 分科会における私たちのテーマは「グローバリズムは正当化されうるか」であった。グローバリズムは、その多様な側面のそれぞれにおいて「正しい」のか。セッション6日目には、社会的側面として、「Universalism(アメリカなどの国が人権保護や民主化を目的に他国に干渉していく動きのこと)」をとりあげた。

 Universalismの本質はなにか。それは正当化されうるのか。東大側の学生のスタンスは以下の通りであった。Universalismの目指すところは普遍的な価値、例えば人権の尊重や政治参加などの推進にある。それらは絶対的に正しい価値である以上、Universalismは認められるべきである。

 例えば、中国の人権派著作家、劉暁波氏の逝去は記憶に新しい。民主化活動に従事した劉氏に対する中国政府の過酷な処置は、日本を含め多くの国の政府機関やメディアの批判にさらされた。人権という価値が常に尊重される以上、その侵害は批判されてしかるべきであり、その普遍的精神こそがUniversalismである、と東大側参加者は考えた。

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 ところが、北京大生が発した意見は、私たちと対立するものであった。もちろん、彼らは劉氏に同情を寄せ、政府の行動が問題となりうることも認識していた。ただ、そうした言論弾圧は、中国政府にとってある意味での「人権尊重」の形なのだという。

 すなわち、国内の思想を収斂させ、統治の強化を図らなければ、中国という多民族国家はバラバラになってしまう。少数の意見を過度に尊重することは、国家全体の混乱につながる。13億人の基本的人権(あるいは「生存権」「よりよい生活の希求」などと言い換えた方がわかりやすいかもしれない)を守るためには、ある程度の抑圧は必要であり、その秩序を乱す人々があれば、懲罰をもってあたるしかない。

 「周りの国々は常に批判をする。それなら、私たちはどうしたら良いのか?彼らは対案を持っていない」。北京側の一人が言った。文化大革命天安門事件といった大混乱を経験してきた政府が、やっとの思いで作り固めた社会秩序。問題はあれど、現状、それは私たちが幸福な生活を希求する上で最善の方法なのだ。彼のことばは、そのような意味に捉えられた。

 私たちは一つの結論をおいて、この議論の終止符とした。各国の政治・社会が向かう先には、常にUniversal Valueと呼ばれるものがある。それは絶対的に尊重すべきもので、「より良い生活の希求」や「人民意見の尊重」といったものが含まれる。だが、そうした普遍的価値にたどり着く方法は、社会によって異なる。「国民の幸福」を表現の自由や議会制民主主義によって実現する国もあれば、トップダウンの意思決定によって実現する国もある。

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 現在西欧諸国や日本にある人々がUniversalismと呼んでいるものは、普遍的価値の推進とはいえなくなりつつあるのかもしれない。ある国が社会的背景に即して普遍的価値を追求するのを見て、自国の「追求のしかた」を押し付ける。それは、必ずしも正当化されることではない。

 私たちは、多くの共通したゴールを目指している。しかし、いくつかの国ではそれらを実現する術が見つからず、苦肉の策を練っている。ある人はそこに問題があると言い、ある人は難局を前に口をつぐむ。対案は容易に出ず、会議は煮詰まっている。

経済学部4年 浦野湧

画像:
The Guardian. Liu Xiaobo, Nobel laureate and political prisoner, dies at 61 in Chinese custody. Retrieved September 19, 2017, from https://www.theguardian.com/world/2017/jul/13/liu-xiaobo-nobel-laureate-chinese-political-prisoner-dies-61#img-1

注:
Universalismという語には様々な意味があり、今回の定義は私たちが定めたものである。この定義は、European Universalism The Rhetoric of Power (Wallerstein, 2006)で語られているものに近いと思われる