北京セッション報告⑦
「二兎追うもの」
二兎追うものは一兎をも得ず。
この諺を知りながらも人は時に二兎、三兎を追いたくなる気持ちに駆られる。
話しにくさ。閉塞感。停滞感。焦燥。混乱。
北京の議論中にこうした状況・感情に陥ることが時折あった。
これは議論で二兎を追おうとした結果もたらされたものである。
グローバリズム。これは自分が所属した分科会のテーマである。
皆さんはこのテーマを聞いて何を思い浮かべるだろうか。
このテーマが内包するものはとてつもなく多く、切り口は多岐にわたる。
ヒト・モノ・情報の移動、
主張としてのグローバリズム、現象としてのグローバリゼーションとそれらに対する反感・反動、
政治・経済・文化的側面、
個人・会社・国家・国際社会の変化、
世界全体の潮流と日中両国の状況等。
このような広いテーマに関して、
北京大生は学術的、理論的なアプローチを試みようとし、
東大生は価値観、具体的事例に基づいてアプローチしようとしていた。
ここで我々は決断を迫られた。
一兎を追うべきか。二兎を追うべきか。
議論のアプローチを統一すべきか、二つの観点の両立を目指すか。
我々は後者を選んだ。
その結果議論が発散しすぎたり、停滞したりしたこともあった。ストレスを感じることもあった。
しかし、その分議論内容の柔軟さが保たれたと思う。議論の柔軟性はバックグラウンドも課題意識も異なる学生が集まる会議という京論壇の特長を生かす上で重要である。
だから問題なのは二兎を追うことでも、それによってもたらされる閉塞感でもなく、閉塞感に直面した際のリアクションだと考える。時には休憩をはさみ、議論を図式化・単純化してみれば、糸口は見えてくるはずだ。
東京でも、二兎を追うことになるかもしれないが、全力を尽くしたい。
教養学部4年 湯川利和