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jingforum2017の日記

京論壇2017の公式ブログです。ゆるふわに記述することを心がけます。

昨年度参加者の声 坂部能生

昨年度リーダーシップ分科会に参加した坂部さんの感想です!

 

リーダーシップ分科会、人口と発展分科会、社会的正義分科会に分かれて議論しました。

 

 

 

私が京論壇に参加したのは、中国に対する関心が強かったから、そして、中国の優秀な学生にいろいろなことを聞いてみたかったからである。

 

私は、東アジアに対する関心を長く持ち続けていた。

 

京論壇に参加する前には、中国・韓国・台湾の学生と議論・交流する団体に所属していた。

 

なかでも一度短期留学をしたことのある中国への興味は、歴史認識・安全保障・国内政治・経済の行方など、幅広かった。

 

最終的には友人の勧めで参加を決意した。

 

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リーダーシップ分科の一員として議論に参加した中で最も印象に残っているのは、政治的リーダーに対する「個人崇拝」のことを北京大生に問うたときの失敗である。

 

この問題は、文化大革命70周年を期に、日本やアメリカのメディアで、現在もあるものとして報じられていた。

 

しかし北京大生は、「そんなことはもはや起きていない」と理性的に回答したのである。

 

こちらが「個人崇拝」の「証拠」としてメディアで報じられているものをぶつけてみても、返ってくる答えは同じであった。

 

私はそこからうまく質問を掘り下げることができなかった。北京大生も「なぜそんなことを聞いてくるのかわからない」というまま、この議論は終わりになってしまった。

 

 

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京論壇は、価値観を巡る議論を行うことを掲げている。

 

ただ、それは、平行線になったり、片方の認識の押しつけになったりしてしまうことがある、と学んだ。

 

上記の私のエピソードは、まさにこのパターンに陥ったものだといえる。

 

しかし、これを恐れていては相手に対する理解が深まらない、というのも、また事実のような気がしている。

 

           教養学部国際関係論4年(卒業) 坂部能生

昨年度参加者の声 鎌田みどり

 京論壇に関心をもってこのページを訪れてくださる方は、京論壇にどんなことを期待するのだろうか。中国について知りたい、日中関係について知りたい、北京大生と知恵競べをしてみたい、など色々な思いがあるのだと思う。京論壇の魅力は、語る人によって異なるのだろうが、私にとってそれがどんなものかをお話ししたい。それは私にとって、参加する北京大生の思考を知って追体験するとともに、自己の価値観を内省するという極めて個人的な営みである。

 

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 私が所属した分科会では、「日中両国の政治体制が違うこと」と「歴史や領土を巡って外交的な緊張が高まっていること」という理論上は独立しているはずの二つの事柄が、どちらも理解し難く不審なものという印象を国民持たせ、両国間の不信を増加させているサイクルの存在を仮定した。その上で、前者の「異なる政治のリーダーシップ体制、そこから生じる社会のあり方」を私たち自身がどう捉えるかを明らかにすることでこのサイクルを軽減しようと考えたのである。たしかにこの考えは、「日中間の不信の解消」という京論壇の大きなテーマとは一致している。

 

 しかし実際に参加者が体験するのは極めて個人的で、良い意味で自己満足的なもののように思われる。この「個人化」された「追体験」にこそ京論壇の魅力の一端があるというのが、私がお伝えしたいことである。無論これを「中国とは」や「日中間の不信とは」という大きな問いの答えへと帰納的に結びつけることが無意味だと述べる訳ではないし、議論のまとめではこういった取り組みが当然必要になる。しかしながら、過度な一般化に拘らず、ミクロな感覚、個人的な学びが議論の大きな部分を占め、京論壇の大きな魅力の一つだと思うのである。

 

 私が事前に持っていたイメージは、(これはセッション後の今だから明確に言語化できるのだが)、「中国に住む北京大生は民主主義や表現の自由を希求しているに違いない」というものだった。一歩踏み込んで誤解を恐れずにいうなら、「(たくさんの社会問題を抱えているようにみえる)中国に住む北京大生(ほど頭ががいい人たち)は、((同じくらい頭がいいはずの)私たちが当たり前に有する)民主主義と表現の自由を希求しているに違いない」というものだった。

 

 この(ほぼ憶測ともいえる)考えはセッションを通じて変化させられることになり、同時に私に内省を促すことになった。「北京大生は頭がいい」という前提は、ほぼ間違っていなかったように思う。一方で、結論から言って北京大生は思ったよりも自国社会の現状や制度に合理的な理由を見いだしていたし、中国という国にとって、あるいはコミュニティ一般にとって民主主義や表現の自由を盲目的に礼賛すべきでないということを、説得的に語ろうとしてくれた。このように書くと彼らが政府の立場を堅持しているようにも見えかねないが、彼らなりに信ずるところ、社会を見る目が備わっているというのが私が受けた印象である。

 

 このプロセスで彼らのロジックを一つずつ確かめ(このプロセスは往々にして簡単ではないし、時々はストレスを感じる)、そこに潜む感覚や信条を追体験していくこと、それが自分の感覚や信条とどの部分で異なるのか、なぜ異なるのかを発見していくのが、私の思う京論壇の醍醐味である。「この辺の感覚は同じだけれど、ここは決定的に違うんじゃないか」「その違いが生じる理由についてこんな仮説がある」という形で議論が進む。

 

 更には、「北京大生」と一口に言っても一枚岩ではないという、ごくシンプルな事実にも気づかされた。セッションが進むにつれて表現の自由に関する政策など政権の方針に不満を表明する学生もいれば、欧米諸国が自国制度を妄信し、中国を過小評価していると主張する学生もいた。香港で生まれ育って北京大に進学した学生は、明らかに大陸育ちの学生と価値観を異にした。自分の育った農村を繰り返し例に挙げる学生もいた。これも極めて属メンバー的な学びであった。

 

 また、彼らが同時に、私たちの感覚を理解し追体験しようと試みる質問のやり取りの中で、上記したような自分の中のイメージやバイアスを可視化、言語化することになった。私の参加した「リーダーシップ分科会」では、(国民が票を投じる)民主主義的な制度によって選ばれるリーダーと(ほとんど一党独裁といえる)中国共産党の中で決定されるリーダーのどちらが理想的かという問いが繰り返された。本当に、国民の投票を通じて選ばれるリーダーが国民にとって最大の幸福をもたらすのか、あなたは本当に納得しているのか、それとも受けてきた教育と現状の制度を肯定したいだけなのか、という彼らからの鋭い問いは、今日の世界情勢を前に東大生を幾度も口ごもらせることになった。本分科会の議論を通じてメンバーが得たものについては、過去のブログや報告書等を参照していただければ幸いである。

 

 私が京論壇に参加したのは、大学入学当初から持っていた中国という存在と、大学での学びや経験を自分の武器として、大学最後の年に向き合いたいと思ったからだった。振り返って思うことは、もしかしたら京論壇は(あるいは多くの学生団体は)「中国を知る」という目的を掲げた場合には完璧なものではないかもしれない、ということだ。それは学者ではない私たちにはあまりに大きすぎるし、政治家ではない私たちにはあまりに政治的すぎる。私が手で触れることができたのは巨大な中国に住むほんの一部の学生の意見であって、一見同じような若者に見えるわたしたちが、なぜ異なる考えに至るのかという小さな問いを真剣に追求した半年間だったように思う。しかしそこまで射程を絞ることで、「一人一人の人間が現実をどう咀嚼するのか」「どんな未来を求めるのか」を突き詰め、彼らの考えを追体験し、それを自分の考えと照らし合わせることができ、これは確実に、私の大学生活を締めくくる重要な経験となった。

 

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 これをお読みになった方が、少しでも京論壇に関心を持ってくだされば幸いに思う。

 

                教養学部総合社会科学5年(卒業)鎌田みどり

 

 

副代表挨拶 新城真彦

われ思うゆえにわれあり、という言葉をご存じであろうか。意味は詳しく知らなくとも、どこかで聞いたことはあるのではないだろうか。

 

わたしはこの言葉を高校の倫理の授業で習った。真実を探求しようとするため、ひたすら疑い続けた偉人が遺した言葉である。

 

われわれは疑うことを忘れてはいないか。これが、私が昨年度の京論壇の議論を通して学んだことであった。

 

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私はいわゆる「優等生」であった。

中学高校で、日本の民主化三権分立について学び、その知識を当然のものとしていた。

三権分立が国民によって支えられているという民主主義的なあの図の正当性を信じ切っていたし、ある意味「崇拝」していた。

 

ニュースとかで北朝鮮や中国が出てくるたびに、評論家の「独裁国家」という言葉にうんうんとうなずき、日本は素晴らしき民主主義国家の一員として、これらの「野蛮な国家」に対抗しければいけないと考えていた。

 

実際、私の考えていたことは多くの日本人が思っているのと差異はないだろう。文部科学省の教育の賜物である。

 

 

私が固定観念の塊であったと気づかせてくれたのは京論壇の議論であった。

 

日中交流サークルはたくさんある。

 

その中で京論壇が際立つのは100時間以上にわたる長い議論時間であろう。腰を据えてじっくりと話すことができるからこそ、深く、本音の会話が生まれる。

 

 

「どうして私たちに民主主義を押し付けるのか?私たちには私たちの正義がある。」

議論三日目、北京側参加者はすこし穏やかならざる雰囲気で私たちの問いに答えた。

 

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私たちは「どうして中国は早く民主化しないのか?」と問うたのだ。

この問いは私たちからしてみれば特に不自然でもなく、よくワイドショーや雑誌で言われているものであった。

 

しかし、北京大生からしてみれば、上から目線であり、価値観の一方的な押し付けにしか過ぎなかったのである。

「中国は未だに発展段階にある。だから安定性(stability)が一番重要であり、それを揺るがすような動きはコントロールする必要がある。」北京大生の一人はこう主張したのだった。

 

 

私たちは民主主義にどっぷりつかっている。物事をきめるときには、基本的に多数決で決め、それを「民主主義だ」と正当化する。しかし、浸かりすぎているあまり、私たちは民主主義以外の価値観を認めようとはしない。

 

そして、異質なものと対峙したときに葛藤が生じる。

 

双方盲信するあまり生じる葛藤は「民主主義」と「独裁主義」に限った話ではない。

ふだん、私たちが生活している中の気づかないところで思い込みは生じる。

 

ところが、その「どっぷり浸かっている」ということに気づくことは容易ではない。自分とは異なる相手と接しない限り、自分自分の価値観を疑うことすらできないのである。以前の私がこの証左だ。

 

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京論壇で議論するテーマはなにも政治体制に限ったことではない。

まだ、議論中ではあるが、今年はジェンダーや東洋と西洋、ポピュリズムなどのようなテーマを扱う予定だ。

 

 

自分とは異質な存在に出会う場。

 

京論壇は日本対中国という枠組みだけではなく、さまざまなバックグラウンド、考え方を持った人材が集結する場である。

この夏、自分とは異なる存在と議論することを通して、自分の価値観を疑い、そして、さらに深く知ってみるのはいかがだろうか。

 

京論壇がその環境を提供できるのは、確実に保証しよう。

 

 

             教養学部総合社会科学国際関係論4年 新城真彦

副代表挨拶 林眞子

こんにちは。

 

副代表のひとりとして京論壇2017をサポートさせていただきます法学部四年の林眞子です。

 

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昨年度は「人口と発展分科会」のメンバーとして京論壇に参加しました。

 

それまで本格的な国際交流や留学の経験がなかった私にとって、京論壇への参加は大きな大きなチャレンジでした。

 

少子高齢化問題に興味があったことと、海外の学生とのディスカッションによってコミュニケーション力を伸ばしたい、との思いからエントリーシートを書きました。

 

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実際に議論が始まると、想定とは違ったこともありました。当たり前ですが、「人口」をとりまく両国の状況は大きく異なります。

 

たとえば「労働力不足を補うための移民受け入れ」は、中国の学生にとっては現実味のない話題です。

 

議論として盛り上がらないトピックは実は結構ありました。
ただ、盛り上がらないということ自体が面白い発見でもありました。

 

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議論は、人口問題への対応方法を共に探るという方向ではなく

「人口問題」に関わる価値観を互いに理解し合うという方向で進んでいきました。

 

家族観、労働観、人口政策の正当性などです。


・子は親の介護をするべきか


・「一人っ子政策」は許されるか


といったクエスチョンを考えていきました。

 

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たとえば、「高齢者の労働を促進すべきか」という議論。

 

私自身は「高齢者が働くこと」は社会にとってだけでなく、

 

高齢者自身にとっても経済的自立や社会参加につながる「良いこと」だと考えていましたが、

これについて否定的なメンバーが北京大生の中にいました。

 

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「引退後の老人をまた働かせるのか」というのです。

 

議論していくと、「高齢者は労働から解放されるべき」という意見の背景には

 

「老人は家族や地域のコミュニティの中での生活を楽しむもの」というイメージや

 

「労働は重荷」という考え方があるようでした。

 

 

長時間労働、過労死などが問題となっている日本の状況を考えると、

 

たしかに「労働は重荷」という意見には説得力があります。

 

そんな重荷を高齢者に押し付けるなんてひどい…という感覚は理解しうるものです。

 

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けれども「労働は重荷」ときっぱりと述べる相手に対し、

 

100%頷くことはできない自分がいました。

 

 

「働くことは高齢者自身にとっても良いこと」だと思うのは何故かと聞かれ、

 

理由を考え答えていくうちに、

 

「仕事は生きがい」という考え方が自分の中でかなり強いことが分かりました。

 

 

そして、その考え方に明確な根拠は見つかりませんでした。

 

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「思い込み」とさえいえるのかもしれません。

 

けれども私は確かに「お金のためだけではなく、やりがいのために働くのだ」と思っているのです。

 

このような議論の中では、一人ひとりの意見に対し疑問をぶつけあうことで、お互いの価値観が浮き彫りになっていく感覚がありました。

 

相手を知るとともに、自分が考えていることを深掘られ、言語化していく。

 

時に、自分が当然に前提としていた考え方を相対化することもできました。

 

時間が許せばもっともっと深めることができたような気がします。

 

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そんな経験を提供してくれた京論壇。

 

去年の反省を生かし、改善できるポイントは多いでしょう。

 

議長や参加者たちにとって更に充実した京論壇になるよう、全力で支えていきたいと思います!

 

                            法学部 第2類(公法コース)4年 林眞子

 

議長挨拶 岡本祐太

みなさんこんにちは。

 

今年の京論壇の議長職を務めることになりました岡本祐太です!


5年目の駒場の民の生活が4月から待っています。

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机に向かっていないときは、基本的にビーチにいます。

 

 

京論壇の存在はキャンパスのあちこちに貼られているポスターであったり、

 

Facebookを始めとするSNSで流れてくるあふれんばかりの情報で前々から知ってはいました。


ただ今ひとつ参加するに至らなかったのは、

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夏休みが忙しいチャラい男だったというわけではなく、、、、

 

中国に対する関心の低さと団体の敷居が高そうだなという勝手な思い込みだったと思います。


この僕の気持ちが変わった契機は二つあります。


一つはシンガポールに交換留学に行ったこと。

 

もう一つは先輩議長に議長職を強く勧められたことです。

 

シンガポールは、欧米諸国と中国との関係において極めて絶妙なバランスを保っています。

 

例えば、習近平がNUSのキャンパスに来たかと思えば、大学内は欧米系の先生方がたくさんいらっしゃります。

 

否応無く中国との関係において規定される部分もあるものの、西洋諸国との関係も捨ててはいないのです。

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そこで、僕の知的好奇心スイッチが押されてしまったのです。


「日本はどうなのよ?日中はどうなのよ?」と。

 

 

僕は、所属する学科でモテモテなので

 

去年議長を務めた方に大変なラブコールを受けました。

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実際、僕もデートを重ねるにつれ、

 

議長職を経ることで、あるいは京論壇を通じて得られることが

 

僕の知的好奇心を満たしてくれるのではないかと期待にいっぱいになりました。

 

ここらへんの内容は去年参加者のブログに乞うご期待といったところでしょうか。

 

 

長くはなってしまいましたが、要するに言いたかったことはきっかけは人それぞれだということです

 

何をきっかけに京論壇を知ったのかなんてのはどうでもよくて、

 

みなさんがみなさんなりの京論壇に参加する意義を見つけてくれればと思います。

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北京大学の学生と夜な夜な議論するなんていう青春イベントは学生の間にしかできないイベントだと思います。

 

僕は僕の中に凝り固まっている「中国人ステレオタイプ」をぶっ壊しに行こうと意気込んでいます。

 

むろん、議論する時間やそれを準備する時間も含め、

 

議長職として分科のメンバーがそれぞれの目標を達成できるよう最大限サポートする所存です。

 

           教養学部総合社会科学 国際関係論5年 岡本祐太

議長挨拶 尹美来

教養学部3年の尹美来(ゆんみれ)と言います。


今年の京論壇には東大側の議長として参加させていただくことになりました。

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簡単に自己紹介をしますと、言語学を専攻している韓国出身の留学生です。主に音声学や文法理論、チョムスキーの話が出てくるような勉強をしています。

 

が、他にも語学が好きなので暇があったら中国の芸能番組やドラマなどを観たりしています。

 

 


留学生でありながら東大という日本の大学を代表する立場になって、中国の大学生たちと議論するという羽目になりましたが、

 

今回はなぜわたしが京論壇に入ろうと思ったのかについて簡単に紹介したいと思います。

 

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まず中国に興味がある韓国出身の留学生にとって、日本での生活はかなり興味深いものだとずっと思っていました。

 

 

同じ東アジアの国同士でありながらも絶えず対立が続いている現状や、

 

むしろその対立を煽ってるようなメディア、

 

そして激しい速度で入れ替わりつつある日本と中国の経済的な立ち位置を

 

日本の人がどう受け止めているかを見て取ることができるからです。

 

そういった意味で、欧米世界ではなく「アジアとしての日本」がどう中国という国と向き合うべきか。

 

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京論壇はその問いについて日本人の東大生はどう考えているかを知るために絶好の機会だと思ったのです。

 

 

また、個人的にはこれから社会人になる者としても、労働問題や人権問題に興味があったので、日本国内の外国人研修生制度についてもっと深く自分で勉強する機会になるといいなと思っています。

 

そして、わたし自身の日中どちらにも属さない立場や視線が両側の議論に少しでも新しい観点を提供することができたらなと思っています。宜しくお願いします。

 

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         教養学部超域社会科学 学際言語科学 4年尹美来

議長挨拶 比護遥

こんにちは、2017年度に議長を務めることになりました教養学部3年の比護と申します。
 
大学では中国現代史を専攻しています。

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中国現代史の知識を活かしつつ、日中双方の学生と協力しながら
 
実りのある議論を作っていきたいと思っております。
 
どうぞよろしくお願いいたします。
 

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昨年は社会的正義分科会の一員として初めて京論壇に参加しました。
 
難しいテーマに正面から向き合い、一緒に考えていく過程で、多くのことを学ぶことができました。
 
 
ただ一つだけ、残念に感じたことがありました。
 
それは、一日中部屋にこもって議論するという形式についてです。
 

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もちろん、議論の時間が多く取れるのは京論壇の一つの強みではあるのでしょう。
 
しかし、各種ITツールが発達した現代において、わざわざその国を訪ねることの意味についても考える必要があるように思います。
 
「現場」を見ないで行う議論は、メディアに流布するステレオタイプを再生産することにもなりかねません。
 
事前に十分に下調べやオンラインでの議論を重ねた上で、期間中はフィールドワークを中心にしていく、そのようなやり方が私は今年提唱します。
 
昨年の京論壇について、「育ちのいい子供同士が話し合っている感じ」だというご批判を頂いたと聞きました。
 

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残念ながら、この指摘は当たっていると感じます。
 
当然、東京大学北京大学の学生が討論するという組織の成り立ちからして、仕方がない面もあります。
 
ですが、社会の現実との「ずれ」を自覚しないまま、議論ゲームの刺激を楽しむことだけに終始するとすれば
 
本当に「自己満足」の域をでないものとなってしまうでしょう。
 
いかにして、日中両国の今後を考えていく場にふさわしい、地に足の着いた議論ができるのか。
 
 
京論壇12年目の挑戦です。
 
 

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教養学部地域文化研究アジア・日本研究コース4年 比護遥